第72章 狂気の目覚め<参>
何処へ行っても肉片は汐や乗客たちを飲み込もうと迫ってくる。あまりにも芸のない行動に苦笑しつつも、刀を構え息を吸った。
――海の呼吸――
壱ノ型 潮飛沫!!!
足に力を込め、身体のばねを利用して飛び上がり、肉片を大きく切り裂く。そして振り返り、今度はウタカタを放たんと呼吸を切り替えた。
だが、肉片の周りには眠っている大勢の人々がいる。爆砕歌では彼ら毎吹き飛ばしてしまいかねないため、汐は顔をしかめつつ大きく息を吸った。
――ウタカタ・参ノ旋律――
――束縛歌!!!
空気が張り詰める音と共に肉片の動きが止まる。それを汐は刀で引きはがしつつ、人に肉片が違づかないようにした。
しかし汐の喉には確実に負担がかかっていた。先ほども爆砕歌を放ち、そして束縛歌も三度使っている。いくら全集中・常中を習得してウタカタの使用回数が増えても、限界はあった。
喉に痛みを感じ、汐は思わず喉を抑える。その隙を狙って肉片が足元から迫ってきた、その時だった。
「なるほど、それが例のワダツミの子の歌か!想像以上にすごい力だ!」
後方から轟音のような声が響き、肉片が瞬時に吹き飛んだ。そしてそのまま、煉獄は汐の目の前に立ち顔を覗き込む。
「待たせたな、大海原少女!」
「待たせたなって、まだ五分もたってないけど?っていうか近い!!その目ちょっと怖いんだってば!」
「すまない、この目は生まれつきなものでな。それより大丈夫か?喉を痛めたのか?」
煉獄は肉片を切り伏せつつ汐にしのぶからもらった薬を使うように促す。汐はすぐさま袂から粉薬を取り出し、一気に煽った。
苦みを覚悟していた汐だが、それに反して薬はすっと鼻に抜けるような清涼感がある味だった。そして喉の痛みが急速に収まっていく。
その即効性に驚きつつも、喉の調子と共に汐の士気も回復した。
「もう大丈夫か大海原少女!だが休んでいる暇はないぞ!!」
煉獄の言う通り、肉片は先ほどよりもはやい速度で人々を取り囲んでいく。それだけ鬼も本体を探り当てられまいと必死なのだろう。