第72章 狂気の目覚め<参>
「まったく、起きるのが遅いのよこの馬鹿!あんたが寝ている間にこの列車は鬼の一部になっているみたいなの!聞こえてる!?この列車自体がもう鬼なのよ!!」
「安全な場所がもうない!眠っている人たちを守るんだ伊之助!!」
汐と炭治郎の声が伊之助の耳に届くと、彼は思わず足を止めた。その間にも、不気味な感覚は絶えずその体を刺激している。
「やはりな・・・俺の読み通りだったわけだ。俺が親分として申し分なかったというわけだ!!」
伊之助はすでに肉片の巣窟と化している客車へ戻ると、二本の刀を構えながら息を吸った。
――獣の呼吸――
伍ノ牙・狂い裂き!!
伊之助はそのまま刀を四方八方に滅茶苦茶に降り抜き、自分ににじり寄ってくる肉片を切り裂き吹き飛ばした。
「どいつもこいつも 俺が助けてやるぜ!須(すべか)らくひれ伏し、崇め讃えよ、この俺を!!伊之助様が通るぞォォ!!」
伊之助は高らかに叫ぶと、本物の猪の如く肉の壁に向かって突っ込んでいく。だが、そんな彼の進路を阻むように巨大な壁が立ちふさがった。
思わず足を止めそうになる伊之助だが、不意に背後から鋭い声が飛んだ。
「耳を塞いで!!」
伊之助が言われた通り耳(猪の顔の横の部分)を両手でふさいだその瞬間だった。
――ウタカタ・伍ノ旋律――
――爆砕歌!!!
汐の口から衝撃波が発せられ、肉片の壁を瞬時にバラバラに吹き飛ばした。その衝撃で客車が激しく揺れ、伊之助は思わず倒れそうになるが、何とか踏みとどまった。
やがて揺れが収まると、汐を見た伊之助の身体の奥から熱い何かが沸き上がってくるのを感じた。
「な、なんだ今の技!すげぇ!!」
だが、伊之助が興奮する間にも肉片は休む間もなく自分たちや乗客を取り込もうと蠢く。汐は舌打ちをし、顔を歪ませながら後方車両にいる禰豆子達の方へ顔を向けた。
「オイ子分その四!よく聞きやがれ!!」
「誰が子分その四よ!あんたまだ寝ぼけてんの!?」
「いいから黙って聞け!俺はこの場所を守ってやるから、お前はこの先にいる子分共を守れ!親分命令だ!」
そう言って得意げに胸を叩く伊之助に若干腹立たしさを感じた汐だが、今はそんなことを言っている場合ではない。汐は頷くと、迫りくる肉片を吹き飛ばし切り裂きながら、後方車両へを向かった。