第70章 狂気の目覚め<壱>
車両をつなぐ扉を開けた瞬間、まとわりつくような気配と匂いが二人を包んだ。汐は思わず口を、炭治郎は鼻を抑え軽くえずく。
(とんでもない気配だわ。こんな中あたしたちは眠ってたのね・・・)
(客車が密閉されてたとはいえ、信じられない。不甲斐ない!)
しかし後悔している時間はない。炭治郎は天井の縁を掴み、遠心力を利用して屋根へと上り、汐も同じようにして後に続いた。
「禰豆子は来るな。危ないから待ってろ」
「みんなを起こしてくれる?あたし達じゃ力不足みたいだから」
二人の言葉に禰豆子は頷くと、客車内へと戻っていった。
鬼の気配は先頭車両からする。二人は互いを支えあいながら、先頭へ向かって足を進める。
そしてついに。二人の目が列車の先で佇む黒い影を捕らえた。
「あれぇ、二人も起きたの?おはよう。まだ寝ててよかったのに」
ねっとりとした声が風に乗り、二人の耳にまとわりつく。振り返ったその顔には、気味の悪い血管がいくつも浮かんでおり、左目には【下壱】と刻まれている。
「二人ともいい夢は見られたのかな?」
魘夢の言葉に怒りに震える炭治郎をしり目に、汐は静かな声で告げた。
「ええとっても。吐き気がするほど素敵な夢を見せてくれてありがとう。たっぷりとお返しをしてあげるわ」
そう言って目を見開く汐には、炭治郎以上の怒りが宿っていた。