第70章 狂気の目覚め<壱>
「ふざけるな・・・」
だが、汐の口からこぼれた声に、炭治郎の意識はそちらに向いた。
「辛い現実から逃げたいのが、幸せな夢の中にいたいのが、お前等だけだと思うな!あたしだって、あたしだって・・・!みんなと一緒にいたかったわよ!!」
そう言う汐の口から、弦をはじくような高い音が漏れ出す。炭治郎は慌てて汐を止めようと手を伸ばした。
――ウタカタ・参ノ旋律――
――束縛歌(そくばくか)!!!
ピシリという音と共に、汐に躍りかかった者達の動きが突如止まる。皆手足を震わせ、驚愕した表情を張り付けていた。
そんな彼らに汐は静かに近づき、手刀を入れ気絶させると、手放した錐を窓の外から投げ捨てた。
「ごめんね、手荒な真似をして。だけど、あたし達はここで立ち止まるわけにはいかないの。大事なもの守るために、戦いに行かなくちゃ」
そう言って顔を上げた汐の前には炭治郎と、二人と繋がっていた者たちの姿があった。
「大丈夫ですか?」
「見苦しいものを見せてごめんね」
二人が声をかけると、二人は驚いたように肩を震わせる。先ほど二人の命を狙う同然のことをしたというのに、二人からは敵意は一切感じられなかった。
「俺は、大丈夫」
「ありがとう。気を付けて」
少年と青年はそう言って力なくほほ笑む。そんな二人を見て汐と炭治郎の胸に、改めて決意の炎が宿った。
「行くわよ、炭治郎」
「ああ」
二人は頷きあうと、禰豆子を連れて先頭車両へ向かって足を進めた。
そんな二人を見て、少年は心から精神の核を壊さなくてよかったと思うのであった。