第70章 狂気の目覚め<壱>
「待ってくれ。何だか嫌な予感がするんだ。この縄を断ち切るとよくない気がする」
「じゃあどうするのよ?」
「禰豆子頼む。俺たちのように縄を燃やしてくれ」
炭治郎の言葉に禰豆子は小さくうなずくと、爪で自分の手のひらを傷つけその血を縄に付着させた。
瞬く間に縄が燃え上がり、炭化して崩れていく。しかも燃えているのは縄だけで、人や服は一切燃えていなかった。
「すごいわ禰豆子。あんたって器用なのね」
感心した汐は禰豆子の頭を優しくなでると、禰豆子は嬉しそうに目を細めた。
この時の炭治郎の勘は正しかった。日輪刀で縄を断ち切っていた場合、夢の主ではない他の者の意識は永遠に戻ることはなかった。
そのような危険性を魘夢は一切説明をしていなかった。彼にとって人間は使い捨てのものであり、そもそもただの食い物でしかないのだ。
「善逸!伊之助!起きろ!!」
「いつまで寝てんのよこのぼんくら共!とっとと起きなさい!!」
炭治郎が頬を叩いても、汐が脛を蹴っても、二人は全く目を覚まさない。煉獄ですら、ぐったりしたまま動かない。
「駄目だ汐。みんな起きない。煉獄さ・・・」
「炭治郎、危ない!!」
炭治郎が煉獄の方へ顔を向けた瞬間、汐の金切り声が響いた。それと同時に、炭治郎の眼前を鋭いものが通り過ぎた。
炭治郎が目を瞬かせると、そこには鬼のような形相で錐を構える少女の姿があった。
(なんだ!?鬼に操られているのか!?)
「邪魔しないでよ!あんたたちが来たせいで、夢を見せてもらえないじゃない!」
(こいつ・・・自分の意思で炭治郎に攻撃してきたっていうの!?)
汐はすぐさま炭治郎を庇うように立ち、少女と睨みあった。しかし、そこにいたのは彼女だけではなく、伊之助、善逸と繋がっていたものも同じように錐を構えて汐達ににじり寄ってきた。
「何してんのよ!あんたらも起きたら加勢しなさいよ!結核だか父親から虐待を受けてただか知らないけど、ちゃんと働かないなら“あの人”に言って夢見せてもらえないようにするからね!」
少女の声に、ゆっくりと起き上がったのは涙を流す青年と、呆然とした様子の少年の二人。
(まだいたのか。俺と汐と繋がっていた人たちだろうか)
炭治郎は二人から、悲しみと後悔の匂いを感じた。二人が夢の中で何を見たのかはわからないが、二人からはもう敵意の匂いは一切なかった。