第9章 慈しみと殺意の間<参>
― そらにとびかう しおしぶき
ゆらりゆれるは なみのあや
いそしぎないて よびかうは
よいのやみよに いさななく
ああうたえ ああふるえ
おもひつつむは みずのあわ ―
月に向かって奏でられる、寂しさを孕んだ透き通る歌声が、風に乗って空に消える。潮騒の代わりに聞こえてくるのは、風が揺らす木の葉がこすれる音。
歌い終わり再び静寂が訪れると、汐は小さくため息をついた。
だが、不意に何かの気配を感じて反射的に振り返る。そこにいたのは、目を見開き、頬をわずかに染めた炭治郎が呆然と立っていた。
「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、君の匂いが外からしてきたから気になって」
頭を掻き困惑の表情を浮かべる炭治郎に、汐はたじろいだ。
「炭治郎・・・。聴いていたの?」
「さっきの歌のこと?とっても綺麗な歌声だったよ」
炭治郎が答えると、汐は言葉を詰まらせる。思わぬ客の出現に、汐の顔はみるみるうちに赤く染まった。
火照った頬を隠そうと、汐は炭治郎に背を向ける。そんな彼女の隣に、炭治郎は足を進めた。
しばらくの間沈黙が続く。風が二人の間を静かに通り過ぎて行ったころ。
「さっきの歌はね。あたしの故郷でよく歌ってたわらべ歌なんだ。今はもうなくなった、あたしの村」
汐の口から、言葉が漏れる。彼女の過去を鱗滝から簡単に聞かされていた炭治郎の胸が、小さく痛んだ。
「その眼は、もう大まかなことは知っているって感じだね」
「え?」
「あたし、眼を見ればその人の大体の人柄や感情がわかるの。特に最近は、鬼と人間の区別も大体わかるようになった」
「・・・ごめん」
「謝らないでよ。あたしもあんたのことを鱗滝さんから少し聞いた。あんたがどうして鬼殺の剣士を目指しているか、も」
炭治郎は口を閉ざしたまま汐を見つめる。そんな彼をしり目に、汐はつづけた。