第9章 慈しみと殺意の間<参>
あたりは真っ暗で、もう日付は変わっているだろう。外から聞こえる蛙の声だけが、汐にここが現実であることを教える。
(すごく怒られたような夢を見た気がする)
体から噴き出す汗が、いい夢を見ていなかったことだけを物語る。目もすっかり覚めてしまい眠れそうになかった汐は、足音を立てないようにそっと小屋を出た。
今夜は満月。雲一つない空に、大きな月と一面の星空が墨を流したような空に輝いている。かつて暮らしていた村でも、同じような空は何度も見ていた。
けれど、あの時はいつもそばに養父玄海がいた。日の光に当たることができない彼とみることができる唯一の晴れの空だった。
その空の下に、今は汐一人だった。海もなく、玄海も、絹も、村人も、誰一人いない、自分ひとりだけ。
(海に、海に帰りたい。寂しい、寂しいよ・・・みんな・・・)
目を閉じて心の中で辛い言葉を吐き出してみても、寂しさはますます募るだけだった。こんなに寂しさを感じたのは、玄海が日の光に当たることができないと分かった時以来だった。
(そういえば・・・あの時は確か・・・絹が言ってたんだ)
――私も、お父さんが漁の時はずっと帰ってこないから一人なの。お母さんが死んじゃってから、ずっと
――でもね、寂しくなったら歌を歌うの。そうすると不思議と、寂しい気持ちが消えていくのよ
――だから、汐ちゃんも一緒に歌おう?玄海おじさんが早く元気になるように・・・
汐はそっと目を閉じると、息を吸い込み口を開いた。