第70章 狂気の目覚め<壱>
汐は涙をぬぐうと、そのまま全速力で浜辺を駆け抜けた。すると、先ほどまでには感じなかった鬼の気配が微かだがする。
そして視線の先には、番人の姿があった。
『吹っ切れたのか?』
番人は少しだけ侮蔑を込めた言葉を汐に投げかける。汐は自嘲的な笑みを浮かべると、番人の目の前に立って言った。
「・・・こんなことを頼むのは何だけど、死にきれなかったら介錯をお願い」
『・・・本当にいいんだな?』
「ええ。何せ、ここには殺意が腐るほどあるんでしょう?」
そう言う汐の顔には、これ以上ない程の歪んだ笑みが浮かび、それを見た番人の顔も心なしか歪んでいた。
そして汐は徐に刀を抜くと、その刃を自分の頸に押し当てた。
(本当に悪趣味。夢から覚める方法が命を絶つ。自害することなんてね!!)
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
汐はそのまま雄たけびを上げながら、その刃を己の頸に食い込ませた。真っ赤な血飛沫が上がり、みるみるうちに汐の体を染めていく。
そして、汐の意識は真っ暗な闇に沈んだ。