第70章 狂気の目覚め<壱>
「汐!?」
急に姿が変わった汐に、玄海は驚きのあまり表情を引き攣らせている。やがて炎が収まり、今の姿になった汐は真剣な表情で玄海を見据えて言った。
「ごめんね、おやっさん。あたし、好きなのかはわからないけれど、一緒にいたい奴等ならいるの。馬鹿であほで変な奴らばかりだけど、あたしを受け入れてくれた本当に気のいい連中なの。だかあたし、行かなきゃ。みんなを助けなきゃ。だから・・・ごめん!」
汐はそのまま玄海に背を向け、そのまま走り出す。後ろから汐を呼ぶ声が聞こえたが、汐は歯を食いしばり走り続けた。
すると
「あっ、汐ちゃん!どこに行くの?」
途中で絹に呼び止められ、汐は思わず足を止める。そこには相も変わらず朗らかに笑う絹がいて、その後ろには村人たちの姿がある。
「なんだ汐?その変な格好は」
「汐姉ちゃんどこ行くんだ?俺たちと遊んでよ」
皆屈託のない笑顔で汐の背中に声をかける。その優しい声に、汐の体が微かに震えだした。
(ああ、本当ならみんなこうして、笑っていたんだろうな。あたしもここでみんなと笑って、海に潜って、何も知らずに過ごしていたんだろうな。振り返って、戻りたい。幸せの中にいたい。でも・・・)
――だからこそ、戻るわけにはいかない。あたしにはもう、守るべきものが既にある!
汐はそのまま止まっていた足を動かし、みんなから離れるように走り出す。
「行かないで汐ちゃん!!私を一人にしないで!!」
後ろから絹の泣き叫ぶ声が聞こえ、汐の心に突き刺さった。汐の目から涙があふれ出し、頬を濡らしていく。
(ありがとう、ごめんね、絹。あんたが、あんたがあたしをどう思っていようとも、あたしはあんたが大好きだよ・・・)