第70章 狂気の目覚め<壱>
「だけどどうするの?あたしの手元にはそれらしきものはないし、夢から覚める方法を敵が把握していないとは思えない。まさか、それも自分で探さなきゃいけないの?」
勘弁してほしいと思ったその時。突然汐は身体が引っ張られるような感覚を感じた。それに気づいた番人が慌てて手を伸ばすも、その手は僅かに届かない。
そして、気が付けば汐は夜の村に戻っていた。
(ここは、夢の中。引き戻されたんだわ)
目の前には元気に笑う玄海が、汐に稽古をつけようと張り切っている。しかし今自分の目の前にあるものはすべて幻、存在しないただのまやかした。
(こんなところでもたもたしてる場合じゃない。早く目を覚まさないと。炭治郎やみんなが危ないのに!!)
しかし周りを見渡しても、夢から覚める方法を実行できるものは存在せず、ただただ時間だけが過ぎていく。そんな彼女に気づいたのか、玄海の怒鳴り声が響いた。
「オイ汐!てめぇ、俺のけいこ中によそ見をするとはいい度胸だなぁ。課題を肆倍に増やすかぁ?」
玄海はそう言って汐に近づいたその瞬間、彼女に違和感を感じて目を剥いた。汐の左手に、小さな炎のようなものが見える。
「お前・・・その手どうした?」
「手?」
汐が視線を移すと、そこには、真っ赤な炎に包まれる己の左手があった。そして炎は瞬く間に燃え上がり、汐の全身を包む。
「ぎゃああああああああ!!!あぢゃぢゃぢゃぢゃ!!!」
汐は思わず悲鳴を上げ、顔を思い切り引き攣らせながら暴れまわる。だが、不思議なことに思ったよりは熱くなく、むしろ温かいとすら思ってしまう。
そして、汐はその炎から禰豆子の気配を感じた。
(この気配は・・・禰豆子!?まさかこの炎は、あの時と同じ、禰豆子の・・・)
那田蜘蛛山で禰豆子が目覚めた、血を媒介にした炎の血鬼術。禰豆子の炎が汐の全身を燃やす中、彼女の身体に変化が起こった。
普段着だった着物が隊服へ変わり、その右腰には日輪刀が出現する。禰豆子の炎が、汐を少しずつ現実の世界へ戻しているのだ。