第70章 狂気の目覚め<壱>
番人の声を聞いた瞬間、汐の脳裏に記憶が一気によみがえった。
自分がいた場所も、何をしていたのかも、大切な仲間たちもすべて――
気が付けば汐は真っ暗な空間の中にいた。だが、その空間に汐は覚えがあった。
そして番人の姿にも。
「思い出したわ。あんた、あの時あたしに戦えって言った奴ね」
那田蜘蛛山で死ぬ寸前まで追い詰められた際、走馬灯を打ち消し汐を死の淵から打ち上げた者。その時に見た姿と声が、汐の目の前にあった。
『覚えていてくれたとは光栄だな。もっとも、私はお前に二度と会いたくはなかったが』
「それはこっちの台詞。あんたに会うってことは、あたしまた死にそうな目に遭っているってことだものね」
汐が少し皮肉めいたように言うと、番人は少しだけ安心したように笑った。
「で、あたしをこんなところに連れてきてどういうつもり?あたしは早く炭治郎の・・・みんなの所に戻らないといけないの。あたしがこんな状態だから、みんなもきっと同じような目に遭っているに決まっているわ!」
『喚くな愚図。今の今まで夢だと気づかなかった奴が何を言う。こんな精巧な幻術を生み出す奴だ。そうやすやすと目覚めさせるはずがないだろう』
番人の高圧的な態度に汐は腹を立たせるも、事実であるためぐうの音も出なかった。
「・・・だったらどうすれば夢から覚めるの?みんなの所へ戻るにはどうすればいいの?」
『人に聞くな。自分の頭で考えられないのか』
言葉をはねのけられ、汐は再び顔を歪ませるも仕方なく思考を巡らせた。
(とは言ったものの、あたし考えることって苦手なのよね・・・。第一、こいつが声をかけてくれるまでこれが夢だって気づかなかったわけだし・・・)
「夢から覚める・・・頬っぺたでも抓ればいいってわけ?」
冗談めいた口調でそう言った瞬間、汐は思わず口を閉じた。否、汐は本当は気づいていたのかもしれなかった。本能で。
「まさか、夢から覚める方法って・・・」
青ざめる汐に、番人は布越しに口元を大きくゆがませた。それが本当ならば、敵は相当な悪趣味であることになる。
――吐き気がするほど。