第70章 狂気の目覚め<壱>
箱の中にいた禰豆子は、外から聞こえてきた不思議な歌を聴いて目を開けた。兄と同じくらいに大好きなその歌を聴きたくて、彼女は箱の扉を押しのけ外へ出た。
だが、禰豆子の身体は勢いあまってころりと毬のように転がり落ちてしまった。
禰豆子はあたりを見回し、歌が聞こえてきた方向を探す。しかしいくら耳を澄ませてももう歌は聴こえず、禰豆子はがっかりしたように眉根を下げた。
ふと視線を移すと、そこには見知らぬ少女の首を掴む見知らぬ男性がおり、禰豆子はわけがわからず目を点にさせた。
更に視線を動かすと、そこには汗をかきながら呻く炭治郎と、同じく苦しそうに呻く汐の姿があった。
禰豆子は初めに炭治郎の羽織をぐいぐいと引っ張ってみたが、炭治郎は喘ぐばかりで反応してくれない。
気を悪くした禰豆子は、今度は汐の羽織を同じように引っ張ってみたが、やはり炭治郎と同じ反応だった。
いつもなら二人とも禰豆子を見れば頭をなでてくれたり、歌を聴かせてくれるのに、今日にいたってはそれがない。
不満に思った禰豆子は、再び炭治郎の羽織を先ほどよりも強く引っ張った。しかし反応は変わらず、ついに堪忍袋の緒が切れた禰豆子は、その頭を思い切り彼の額に打ち付けた。
しかし、禰豆子は炭治郎の頭の固さを失念していたため、その額からは血の雫が流れ落ちた。
禰豆子の両目からは涙があふれ出し、痛いやら腹立たしいやらで彼女は頭を大きく振り、その血の飛沫の一部が汐の手に付着した。
それに気づくこともなく、禰豆子は怒りのあまり自身の血鬼術・爆血を炭治郎に向かってお見舞いした。
炭治郎の身体が炎に包まれ、同時に汐についた血からも発火し、二人は真っ赤な炎に包まれた――