第69章 無限列車<肆>
『何故あの扉が封じられているかわかったか。あそこ封じられているのは、殺意と・・・記憶だ。ここの主が主でいるべき姿でいるための、枷のようなものだ。そうでなければ彼奴は、とっくに壊れていただろう』
その声があまりにも悲しく、今にも泣きだしそうなものに聞こえ、少年の怒りはみるみるうちにしぼんでいった。そして一つだけ、少年にはわかったことがあった。
――彼女は、自分と同じだ。いや、自分以上に、誰かに傷つけられ、疎まれ、存在自体を否定されてきた経験がある。
『だがそれでも、彼奴は生きることを選んだ。自分から地獄を見る道を選んだ。いばらの道を進むことを選んだ。何故か。彼奴にとって自分以上に大切なものを見つけたからだ』
「自分よりも・・・大切なもの・・・」
少年は俯き、その手から錐を離した。水面のような床に錐がおち、固い音を立てる。
『お前に彼奴の道を阻む資格はあると思うか?あのような地獄を心の中に抱え、それでも前に進もうとする彼奴の意思を、お前の一時の夢で邪魔をする資格があると思うか?』
「・・・・・」
少年はもう何も答えない。自分の中に、これから自分が行おうとしていた事への激しい罪悪感と後悔の念が沸き上がっていく。
周りの美しい海底のような心を持つ少女の中に、封じられていた殺意と憎悪の記憶。そんな相反するモノを抱えて、自分と同じくらいの少女が前に進もうとしている。
それなのに。自分は何をやっているんだ。誰かを傷つけてまで、夢を見せてもらうのがいいと思ったのか。
自分がしようとしていることは、あの理不尽なことを行う者達と同じではないか――
項垂れる少年を見て、番人は静かに拘束を解いた。解放されても尚、少年は動かない。
『・・・残念だが私の力ではお前をどうすることはもうできない。外からの干渉が強すぎる。いろいろと手を打っては見たのだが、後は彼奴自身が目覚める必要がある』
番人は独り言のように呟くと、少年の傍に落ちていた錐をそっと拾い袂の中に収めた。もう彼に敵意はないだろうが、念のためということと、もう一つの目的の為に必要だと思ったからだ。