第9章 慈しみと殺意の間<参>
汐は夢を見ていた。深い深い海の底に、抗うことなく沈んでいく。自分を包み込む水と泡が心地よい。
このままずっとどこまでも落ちてゆけばどうなるのだろう。大好きな海と一つになれるのなら、それも悪くない。
だが、突然耳をつんざくような怒声が聞こえてきた。
『何やってやがるんだ、このバカ娘!』
驚きのあまり奇声を上げて体を起こすと、そこには憤怒の形相を顔に張り付けた大海原玄海がそこにいた。
おやっさん、と声をかける前に、玄海の声が飛んだ。
『お前よォ。いつまでわがまま言ってんだ。|手前《てめえ》ばっかりで周りのことなんざ何も見えていねえ。俺ァお前をそんな腑抜けに育てた覚えはねえぞ!!』
反論を一切許さない大声が汐の耳を突き抜け、一気に体中に染み渡る。それにはじかれるように、汐は目を覚ました。