第68章 無限列車<参>
潮騒の奏でる心地よい音が、耳に染み入り溶けていく。
鼻をかすめる潮の匂いを感じ、汐は目を見開いた。
手には獲物が入った籠を持ち、磯着姿のまま、彼女は海辺に立っていた。
そして汐の前には、小さな家が立ち並んだ村の姿がある。
「嘘・・・」
汐は思わず声を上げ、村へ向かって足を進める。その足がだんだんと早まっていく中、彼女の青い目が目の前の者を映し思わず足を止めた。
そこには、色白で真っ黒な髪を一つに結わえた、とてもかわいらしい一人の少女。
――尾上絹が、そこにいた。
「絹・・・?」
汐が思わず名を呼ぶと絹はゆっくりと振り返り、花のような笑顔で返事をした。
「汐ちゃん!今戻ったの?おかえりなさい」
その声を聞いた瞬間、汐の両目にみるみるうちに涙がたまる。そのことに絹は気づかないまま、転がるように近寄ってきた。
「わあ、たくさん獲れたのね!やっぱり汐ちゃんはすごいわ!」
汐の籠を見て心の底からうれしそうに微笑む。が、汐はそのまま籠を落とすと、ためらうことなく絹を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね絹!あたし、あたし、あたしのせいで、酷い目に遭わせて、助けてあげられなくて、本当にごめんね!!」
絹を抱きしめながら、汐は声を上げて泣きじゃくる。尋常じゃない様子の汐に、絹は慌てた様子で目を白黒させた。
「汐ちゃん!?どうしたの?気分でも悪いの?」
絹が尋ねても汐は泣くばかりで答えることができない。その様子に気づいた村の者達も、何事かと二人に近づいてきた。
「なんだなんだ、どうした汐。もう14だというのに、子供みたいに泣いて」
「そんなんじゃ玄海のおっさんがまた怒鳴りつけに来るぞ。いつまで泣いてるんだってね」
村人の言葉に汐は肩を大きく震わせ顔を上げた。
「おやっさん!?おやっさんがここにいるの!?」
「何言ってんだ、当り前だろ?お前の育ての親なんだから。さっき様子を見に行ったけれど、今日は調子がいいのか腹を空かせて待っているようだったよ」
「ですって。早く行ってあげて、汐ちゃん」
絹はそう言って散らばった獲物を籠に戻しながら、にっこりと笑った。相も変わらず優しい絹の言葉に、汐は涙を乱暴に拭きながらうなずいた。