第68章 無限列車<参>
「言われた通り、切符を切って眠らせました。どうか早く私も眠らせてください・・・死んだ妻と娘に会わせてください・・・」
汐達が眠ったのを確認すると、車掌は涙を流しながら縋るように言葉を紡ぐ。彼の足元には手の甲に目と口があり、指の部分に夢と書かれた異形の生物がいた。
「お願いします、お願いします・・・」
彼は床に頭をこすりつけ、すすり泣きながら懇願する。すると、異形の口が動き、優し気な声色で言った。
「いいとも、よくやってくれたね。お眠り。家族に会える良い夢を・・・」
その言葉が終わる前に、車掌はびくりと体を震わせるとゆっくりと床に倒れ伏した。そして、異形の後ろには虚ろな目をした5人の男女が控えている。
「あの・・・私たちは・・・」
異形はゆっくりと身体を彼らに向けると、口に笑みのようなものを浮かべながら言った。
「もう少ししたら眠りが深くなる。それまでここで待ってて。勘のいい鬼狩りは、殺気や鬼の気配で目を覚ます時がある。近付いて縄をつなぐ時も、体に触らないよう気を付けること。俺は暫く先頭車両から動けない。準備が整うまで頑張ってね・・・」
――幸せな夢を見るために
「はい・・・」
彼等は虚ろな表情のまま、ゆっくりとうなずく。しかし、その眼にはほんの微かだが、決意のようなものが見て取れた。
「どんな強い鬼狩りだって関係ない。人間の原動力は心だ。精神だ。“精神の核”を破壊すればいいんだよ。そうすれば生きる屍だ。殺すのも簡単」
身体にかかる蒸気の熱にも目もくれず、風を感じながら鬼、下弦の壱は手を虚空に差し出しながら不気味に微笑む。
「人間の心なんてみんな同じ。硝子細工みたいに、脆くて弱いんだから・・・」