第66章 無限列車<壱>
(あ、カナヲだ。そう言えばあたし、ここに来てからずいぶんカナヲに負けたな。でも、そのおかげで新しいことができるようになったんだから、きちんと礼を言わないと)
「カナヲ!」
汐は背後からカナヲに声をかける。また無視されてしまうかもしれないとは思ったが、それでも自分の気持ちだけは伝えたかった。
ところが、カナヲは何とそのまま大きく肩を震わせ、あろうことか縁側から転げ落ちてしまった。
「えっ!?ちょっとちょっと!大丈夫!?」
まさかカナヲがこんな状態になるとは思わず、汐は慌ててカナヲを起こした。顔を見ると特に怪我はしていないが、顎が土で汚れている。
だが、汐はカナヲの眼を見て思わず息をのんだ。いつもの人形のように感情が殆ど読めない眼ではなく、微かだが動揺が宿っていた。
「カナヲ、あんた・・・」
汐が何かを言う前にカナヲは瞬時に汐から距離をとった。その行動に汐は少し悲しい気分になったものの、しのぶから聞かされていたことを思い出しそのまま口を開いた。
「カナヲ。ごめんね。あたし、あんたが自分で決めることが苦手なことをしのぶさんにちょっとだけ聞いたの。あんたが何かを決めるとき、銅貨を投げているってことも。どういう理由かははっきりとは知らないけれど、誰にでも苦手なことの一つや二つあるのは仕方ないことだと思う。現にあたしも、苦手なものはたくさんあるしね」
だけどね。と、汐はつづけた。
「あたし、ちょっと嬉しかったんだ。あんたが嫌な顔をせずに訓練に何度も付き合ってくれたこと。あたしの歌を聴いてくれたこと。指示されたことを守っただけかもしれないけれど、それでもあんたがいろいろ付き合ってくれたのには変わりないわ。だからいつか、あんたが自分の意思で何かをしたいと思ったら、あたし全力で手伝うから」
――だから、ありがとうね。そして頑張って!
汐は満面の笑みでカナヲに言葉を投げかけると、その言葉はカナヲの耳から心にしみわたっていく。そして、先程炭治郎から言われた言葉が脳裏によみがえった。