第64章 幕間その肆:月夜の宴
「はあ?アオイが腰抜け?どこのどいつよ。そんな戯言ほざいたの。そいつを連れてきなさいよ。あたしがぶっ飛ばしてあげる」
「え?」
「アオイの事何も知らないくせにふざけんじゃねーわよって。まああたしも、ここに来るまで鬼殺隊ってただ鬼を斬るだけが仕事だって思ってたけどね」
汐は皿の片づけを再開しながら、少しだけ困ったように笑った。
「だけど隠の連中やアオイ、なほ、きよ、すみをみて、こういう形で鬼殺隊にかかわっている人たちがいると知った。あたしたちが矢面に立っている間、あんた達は裏でこうやってみんなを支えてくれていたんだなって、ここに来て初めて知ったのよ」
それに、と汐はつづけた。
「あんたはここに来てから、あたしたち以上の重症患者をいやというほど見てきたんでしょ?中には治療の甲斐なく命を落とした人もいる。それでも命の終わりから目を逸らさずにいるあんたの精神力を、あたしはすごいと思うわ。戦うだけが鬼殺隊員じゃない。それを教えてくれたのはあんたよ、アオイ」
アオイははっとした表情で汐の青い目を見つめた。彼女の眼には驚きと困惑、そして微かな嬉しさが見える。
「それに、あんたがどうして鬼殺隊にかかわったのかはわからないけど、きっと並々ならぬ想いがあるんでしょ?その想いを忘れないように、あんたはあんたにしかできないことをすればいいのよ。それだって立派な【戦うこと】だと思うわ」
そう言って汐はにっこりと笑うと、次々と食器を片付けていく。そんな汐の背中を、アオイは呆然と見ていた。
汐の言葉がアオイの耳を通り、心の中に染み渡っていく。あの時歌を聴いていた時もそうだったが、汐の声は不思議な響きで自分の脳と心を揺らしていく。
その後、アオイが洗った食器を汐は全て片付け終え、後の片づけはアオイに任せることになった。
流石にこれ以上遅くなっては健康に響くとアオイから釘を刺されたからだ。
「じゃあお休み。また明日ね」
「・・・ま、待って!」
そう言って手を振り去ろうとする汐を、アオイが呼び止めた。何事かと思い振り返ると、アオイは目を逸らしながらも小さく「ありがとう」とだけ告げた。
それを聞いた汐はにっこりと笑い「うん。どういたしまして」と告げるとそのまま部屋へ向かった。