第8章 慈しみと殺意の間<弐>
少年は竈門炭治郎と名乗り、半年前からここ鱗滝の下で修行をしていると言った。彼もまた、汐と同じく鬼殺の剣士を目指しているためだ。
汐も名を名乗り、食事の支度をし始めた炭治郎を手伝おうとしたが、寝起きを考慮したのか彼はそれをやんわりと断った。
炭治郎は慣れた手つきで食事の支度をする。今日の献立は朝どれの山菜で作った雑炊だ。
生まれてこの方海しか知らなった汐にとって、山菜入りの雑炊は未知の食べ物だ。だが、空腹には勝てず誘われるように雑炊を口に入れる。
その瞬間に広がる芳醇な風味と、かむたびにあふれ出すうま味。そのあまりのおいしさに、汐は夢中で雑炊を味わった。
「きちんと食べられてよかった。覚えてる?君、あの日から丸一日眠っていたんだ」
「丸一日!?」
「ああ。鱗滝さんが言うには、極度の寝不足と疲労だって。心配していたけれど、目が覚めて本当に良かった」
そういってほほ笑む炭治郎に、汐の心は温かくなる。だが、そんな状態であの山に放り込まれたかと思うと、ひょっとしたら鱗滝というは男は、自分の師よりも鬼なところがあるんじゃないか、と勘繰ってしまった。
すると、そんな汐を見透かすように炭治郎が口を開く。
「確かに鱗滝さんは厳しいけれど、でも決して間違ったことはしていない。していない、と思う」
しかし、最後のほうは自信がないのか声が小さくなっていく。その眼を見るに、彼もまた似たような目にあったのだろうと汐は思った。
その時、扉が開いて鱗滝が入ってきた。挨拶をする炭治郎に、汐もつられて挨拶をする。
鱗滝はそんな汐に顔を向けると、着物の着心地を聞いてきた。
そこで初めて、汐は今着ている着物が自分のものではないことに気づく。炭治郎はそんな彼女から、なぜか頬を染めつつ目をそらした。