第8章 慈しみと殺意の間<弐>
窓越しから洩れる光が、夜が明けたことを知らせる。目元に降り注ぐ光に誘われるように、汐の瞼が小さく震えた。
ゆっくりと目を開くと、ぼやけた視界に映るのは見知らぬ天井。
(ここはどこだろう?)
そんなことを考えながら起き上がった汐は、ふと、自分の頭が妙にすっきりしていることに気づく。
そう。あれだけ彼女を苦しめていた悪夢を見ていないのだ。
これほどゆっくりと眠れたのは本当に久しぶりだった。
汐はゆっくりと体を起こし周りを見回した。木でできた質素な小屋で、生活のための最低限のものしか置いていない。
汐は記憶を探り起こし、意識を失う直前を思い出した。
(確かあたし、山を下って帰ってきて、それから鱗滝さんが認めるて言ってたような・・・)
そんなことを考えていると、扉ががたりと音を立てて動いた。
汐が視線を向けると、そこには山菜が入った籠を抱えた。見知らぬ少年が一人立っていた。
少年は汐を見るなり目を見開くと、瞬時にうれしそうな表情に変わった。
「よかった!目が覚めたんだな」
彼は籠を下に置くと、汐のところに駆け寄ってきた。赤みがかかった髪に、額にはやけどのような傷跡。耳には日輪を模したような耳飾り。そして、髪と同じく赤みがかかった眼。
その眼を見た瞬間、汐の心は大きく震えた。
どこまでも澄み切った、汚れも曇りも一切無い眼。それはまるで、汐が一番好きな夕暮れ時の海と似た色をしていた。
(なんて・・・なんて綺麗な眼なんだろう。ううん、綺麗なんて簡単な言葉じゃ言い表せない・・・。こんな、こんな眼をした人がいるなんて)
汐が文字通り目を奪われていると、少年は困惑したように眉根を寄せた。
「あ、あの。俺の顔に何かついてる?」
その声を聞くと、汐ははっと我に返り慌てて彼に謝った。そしてそれと同時に腹の虫が盛大になる。
顔を真っ赤にして布団に潜り込む彼女に、少年は朗らかに笑った。