第60章 兆し<肆>
「お許しくださいませ、鬼舞辻様!どうか、どうかお慈悲を・・・!!」
下弦の陸の身体が、無惨からあふれ出た肉色のおぞましいものに絡めとられ持ち上げられていく。
「申し訳ありません!申し訳ありません!!」
彼は必死に謝罪の言葉を述べ許しを請う。それは決して建前なのではなく、心の底からの声だった。
だが無惨は顔色一つ変えることなくただ黙って見据えている。すると肉片から巨大な口が現れたかと思うと、悲鳴を聞く間もなく下弦の陸をかみ砕いた。
おびただしい量の真紅の飛沫が、まるで雨のように下弦の鬼たちに降り注ぐ。やがて肉の怪物は鬼を飲み込むと、下品に大きくおくびをした。
(なんでこんなことに?殺されるのか?せっかく十二鬼月になれたのに。なぜだ・・・なぜだ・・・俺はこれからもっと・・・もっと)
下弦の参はまとまらない思考の中、必死に考えを巡らせる。
「私よりも鬼狩りの方が怖いか」
無惨の冷たい声に、下弦の肆が方を大きく震わせたかと思うと、引き攣った声で否定した。
「お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合、逃亡しようと思っているな」
無惨の目が下弦の肆を静かに映すと、彼女は真っ青な顔で涙目になりながら答えた。
「いいえ思っていません!!私は貴方様の為に命を懸けて戦います!!」
「お前は私の言うことを否定するのか?」
しかし彼女の決意に満ちた声は無惨の冷徹な言葉にかき消され、泣き出す間もなく先ほどの怪物に身体を引き裂かれた。
血を啜る嫌な音を聴きながら、下弦の参は心の中ですべてが終わることを悲観していた。思考は読まれ、肯定しても否定しても殺される。戦って勝てるはずもない。
(なら・・・逃げるしかない!!)
下弦の参は瞬時にその場から飛び上がり、建物の中を瞬時に駆け出した。そんな彼を眺めながら、下弦の壱は(愚かだなあ)と心の中でつぶやいた。