第60章 兆し<肆>
それは、汐達が全集中・常中を習得する数か月前の事。
琵琶の鳴り響く音が耳に響き、下弦の陸ははっとした表情であたりを見回した。
上も下も右も左も部屋や階段で埋め尽くされ、自分が今どこにどうやって立っていることすらわからない不可思議な場所にいた。
(なんだ・・・?ここは・・・)
下弦の陸が上を見上げると、琵琶を抱えて座る、髪で顔を隠した女の鬼が撥を動かし音を奏でていた。
(あの女の血鬼術か?あの女を中心に空間がゆがんでいるようだ)
そして再び周りを見回すと、自分以外にも複数の鬼がこの空間に存在していることが確認できた。
下弦の壱、下弦の弐、下弦の参、下弦の肆。そして下弦の陸。十二鬼月の下弦のみここに集められているようだった。
(こんなことは初めてだぞ。下弦の伍は・・・まだ来ていない)
わけがわからないという表情できょろきょろとあたりをまた見回していると、再び琵琶の音が響き渡った。
そして気が付けば皆一か所に集められるように移動していた。
(移動した!!また血鬼術!!)
下弦の壱以外は慌てふためく様に視線を移動させているが、ふと何かの気配を感じた下弦の陸が上を見上げた。
そこには、真っ白い顔に真紅の眼。黒を基調とした着物を纏い、金の髪飾りを付けた女が一人、鬼たちを見下ろすように立っていた。
(なんだこの女は・・・誰だ?)
女は冷徹な眼差しで彼らをしばらく見据えた後、真っ赤な紅を引いたその口を静かに動かした。
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
その声が耳に入った瞬間。皆踏みつぶされたかのように一斉に両手をつき、額を床に押し付けた。