第58章 兆し<弐>
翌々日。
汐は誰よりも早く訓練場に来て準備運動をしていた。あれほど辛かった訓練も、今は早くしたくて仕方がない。早く全集中・常中を習得したい一心だった。
「早いですね」
「あ、しのぶさん。おはようございます!」
声がして振り返ると、しのぶが笑みを浮かべながら立っていた。彼女の眼からはやはり微かな怒りの気配はするものの、初めて会った時に比べればだいぶ穏やかになったようにも見えた。
「その様子だと炭治郎君とは仲直りができたようですね」
「うん!甘露寺さんとしのぶさんが手伝ってくれたおかげ。本当にありがとう!」
「私は特に何も。ですが、汐さんはもう少し落ち着いて行動をしたほうがいいですね。そうでなければ肝心なところでまた失敗してしまいますよ」
ニコニコと笑うしのぶに、汐は手紙作戦が半分失敗したことを悟られていることを悟った。
「あ、そうだ。話が変わるんだけれど、あたし、炭治郎達にあたしの、ワダツミの子の事を話そうと思うんだけれど、いい?」
ワダツミの子という言葉に、しのぶが微かに反応する。
「前に宇髄って人が新しいワダツミの子の情報を教えてくれたんだけれど、そのことを炭治郎にはまだ言っていないし、善逸達に至ってはワダツミの子の事自体話していない。あんまりホイホイ話す内容じゃないのはわかっているけれど、少なくともあたしは、あいつらに隠し事はしたくない」
汐のまなざしは真剣そのもので、しのぶは少しばかり考える動作をした。が、小さく息をつくと口を開いた。
「そうですね。お館様からは特に口止めをされているわけではありませんし、話してみても大丈夫だと思いますよ。最も、殆どの人が信じられないような話だとは思いますが」
「そうよね。普通人間や鬼に影響を与える声なんて信じられないわよね」
「ですが、彼等ならきっと信じるでしょう。ワダツミの子の話だけではなく――」
しのぶがそこまで言いかけた時、訓練場の扉が開いた。振り返った汐はそこにいた顔ぶれに思わず目を見開く。
そこにいたのは炭治郎の他、善逸と伊之助が彼の後ろに続いていた。