第58章 兆し<弐>
「ふぅ・・・」
一通り修行を終えた炭治郎は、額から流れる汗をぬぐった。最近は新しいことを始めたせいか、全集中の呼吸を前よりも長く続けられるようになっていた。
その【新しいこと】とは、炭治郎が寝ている間に全集中の呼吸を止めたら、三人娘が布団たたきでぶん殴るという何とも原始的で無茶なものだった。
しかしそんな修行でも成果が出ているのか、全集中の呼吸をしたままの訓練もだいぶ体になじんできていた。変わっていく自分の身体驚きつつも嬉しさを感じていた彼の耳に、どこからか聞こえてきた声が届いた。
その声を聞いた瞬間、炭治郎の顔に笑みが浮かぶ。それは、洗濯物を干していた三人娘も同じで、声が聞こえてきた裏山の方角を見つめた。
声の主は汐。彼女は裏山で全集中の呼吸をしながら発声練習を行うという修行をしていた。汐にとって肺を鍛える一番の修行はそれだった。
だが、それは汐が一人で気づいたわけではなく、あの時来ていた甘露寺から助言されたことを糧に考えたことだった。
甘露寺曰く、汐はもう基礎である身体はできていて、あとは効率よく肺を使えるかどうかという段階まで来ているとのこと。
後は汐自身が自分自身の身体をどのように使うことができるか。それが甘露寺が汐に助言したことであり、それを踏まえてたどり着いた修行法がこれだった。
全集中の呼吸をしているせいか、裏山から聞こえてくる声はかなり離れた位置にいる炭治郎達にも聞こえてくる。それだけ彼女が頑張っているということだろう。
その事実が炭治郎の心をさらに奮い立たせるという相乗効果を生み出していた。