第57章 兆し<壱>
「・・・!!」
目を開けると互いの顔が目と鼻の先にあった。吐息がかかりそうなほどの距離に、二人の心臓が跳ね上がる。
汐の青い目には炭治郎が。炭治郎の赤みが掛かった目には汐がそれぞれ映り、聞こえてくるのは己の心臓の音だけ。
目を逸らすことができずしばらく見つめあう二人だったが、不意に風が吹いて窓枠が音を立てた。
「「はっ!?」」
その音に二人は我に返ると、慌てて起き上がり距離をとる。早鐘のように打ち鳴らされる心臓を何度か落ち着かせようと、二人は自分の胸に手を当てた。
「そ、そろそろ戻るよ。善逸や伊之助も戻ってくると思うし」
「そ、そうね。それがいいわね、うん」
二人は目を合わせないまま立ち上がると、炭治郎はそのまま部屋を出て行こうとした。そんな彼の背中に、汐は声をかける。
「あ、あたし、明日から訓練に参加するから」
「えっ!?本当に!」
「アオイに怒られるのは正直いやだけど、このまま負けっぱなしなのはもっと嫌だから」
汐がそう言うと、炭治郎の表情がみるみるうちに明るくなる。そんな彼に汐はまた明日と声をかけて別れた。
「・・・・」
炭治郎が去った後、汐は目を閉じて先ほどの事を思い出していた。炭治郎の顔は何度も見てきたはずだったのに、あの時の彼の顔はとても凛々しく男らしく見えた。
(炭治郎ってあんな顔してたっけ?あんなに・・・あんなに・・・)
それ以上の言葉をつづけることができず、汐の顔は再び真っ赤に染まるのだった。
一方炭治郎も先ほどの出来事を思い出し、顔に熱が籠っていた。彼も汐の顔は見慣れていたはずなのに、吐息がかかりそうなほど近くで見た彼女の顔はとても艶やかに見えた。
(汐ってあんなに・・・あんなに・・・)
汐同様それ以上の言葉をつづけることができず、炭治郎も収まらない鼓動に戸惑いながら自室を目指すのだった。