第57章 兆し<壱>
何だか本当にくだらないことで悩んでいたような気がして、おかしくてたまらなかったのだ。
「汐」
やがて落ち着いたころ、炭治郎はそっと扉の向こう側にいる汐に声をかけた。
「中に入れてくれないか?きちんと顔を見て話がしたい」
炭治郎の声は真剣そのもので、からかう意思など微塵も感じられなかった。汐は一瞬だけ迷ったが、小さくうなずいて扉に手をかけそっと開けた。
ほぼ一週間振りに見る彼の顔は、少し疲れているように見えた。そのまま二人はぎこちなくほほ笑むと、並んでベッドに座った。
緊張のあまり二人の間に沈黙が流れる。汐も言いたいことはたくさんあったのに、いざこうなると何を話していいかわからなくなり口を閉ざす。
が、意を決して口を開いた時だった。
「「あの!」」
二つの声が重なり、はっとした表情でそっぽを向く。それから互いに先に話すように促すが、再び堂々巡りになり沈黙が生まれる。
このままじゃ埒が明かずどうしようかと汐が考えていた時だった。
「一つ、聞いていいか?」
炭治郎が汐に顔を向けたままそう言った。汐も同じく炭治郎に顔を向けて返事をする。
「俺、どうしてもわからないことがあったんだ。汐と喧嘩したあの日。あの時汐からすごくその、言いづらい匂いがしたんだ。怒っているような悔しいような。汐の事だからまた何か悩んでいるんじゃないかって思って。それがずっと気になっていたんだ」
話してくれないかと言いたげな炭治郎の眼に、汐は根負けして口を開いた。
あの夜に汐も炭治郎と瞑想をしようとしてたこと。その時に炭治郎がしのぶと二人で話しているのを見て胸に痛みを感じたこと。
それと似たような感覚を珠世といた時にも感じたこと。
汐の話を聞いていて炭治郎はぽかんとした表情で汐を見つめていた。匂いから察するに嘘ではないだろうが、まさかあの時のことを汐が見ていたとは思わなかったのだ。
「汐・・・お前・・・」
「馬鹿見たいって思うでしょ?だけどあたしもよくわかんないのよ。ただ、あんたがその、ああいう綺麗な人がいいのかなって思って・・・」
俯きながらもそう口にする汐に、炭治郎はある言葉を口にした。