第57章 兆し<壱>
「ア゛ァアアーーー!(汚すぎる高音)!!!!」
汐はとてつもなく汚い高音で叫ぶと、炭治郎をすぐさま部屋から追い出し扉を閉めた。そして震える手で手紙だったものを凝視する。
どうやら墨がまだ完全に乾いていないうちに入れただけでなく、無意識に握りしめていたせいで文字が滲んでしまったようだった。
(そんなぁ・・・。あたしの今までの苦労は何だったのよ・・・。せっかくしのぶさんに手ほどきを受けたのに・・・これじゃあ何の意味もないじゃない!)
汐は紙を握りしめて唇をかみしめた。悔しさと情けなさがあふれて目頭が熱くなってくる。
そんな彼女の背中から、扉越しに炭治郎の声が聞こえた。
「なあ、汐」
「何よ!笑いたければ笑いなさいよ。あんたに謝りたくて手紙を書いたけれど、結局肝心なところで失敗するあたしを思い切り笑いなさいよ」
汐の口から出てくるのは、棘のある言葉。しかしその中には確かに彼女の本当の気持ちがあった。
それに炭治郎はわかっていた。手紙からした汐の匂いには、刺々しい感情など微塵もなかったことを。
「笑わないよ。笑うわけがない。俺だってそうだ。俺も汐にずっと謝りたかったのに、いざとなるときちんと話すことができるのか不安だったんだ。だから、汐が来てたってわかった時、嬉しかったんだ」
炭治郎は少し自嘲気味に笑ってから言葉を切ると、意を決して告げる。
「ごめん、汐。お前の言う通り、俺は無神経だった。匂いでわかっていても人の心の全てをわかるわけじゃない。誰にだって知られたくないことはあるのに、人の心の奥に土足で踏み込むような真似をしてしまった。本当にごめん!」
扉越しに聞こえる炭治郎の声に、汐の瞳が大きく揺れる。そして彼女も扉に額を付けながら口を開いた。
「あたしの方こそごめん。あんたの話も聞かないで一方的に怒鳴るし、言葉遣いも悪いし。全部あんたの言う通りだった。あたしのせいであんたがどれだけ恥ずかしい思いをしているのか考えることができなくて、本当にごめん!」
汐の声が扉越しに炭治郎の耳に届くと、彼は慌てて返事をした。
「いや、悪いのは俺だ」
「ううん、あたしよ」
「いいや、俺だ」
「あたしだってば!」
扉越しに交わされる不思議な謝罪合戦が少し続いた後、汐と炭治郎は同時に吹き出す。そしてどちらかともなく笑い出した。