第57章 兆し<壱>
「・・・」
汐は落ち着かない様子で部家の中を何度も何度も往復していた。手紙を置いてきてからだいぶ時間がたっている。
そろそろ炭治郎が手紙を見つけて読んでいるころだ。
(大丈夫。大丈夫)
汐は早鐘のように打ち鳴らされる己の心臓に手を当てながら、ゆっくりと息を吐いた。
(やるべきことは全部やった。あたしの気持ちは全部手紙に書いたし、しのぶさんにもお墨付きをもらったから、絶対にだいじょ・・・)
しかし汐の決意は突然開いた扉の音に全てかき消された。あろうことか炭治郎が扉を開け、部屋に入ってきたのだ。
「汐!ちょっといいか?この手紙なんだけど・・・」
「ぎゃあああああ!!!!急に入ってくんな!!」
汐は悲鳴を上げ、炭治郎に向かって枕を投げつけた。枕は綺麗に炭治郎の顔面に当たり、小さくうめき声をあげる。
「いきなり何すんのよあんた!!びっくりするじゃない!!合図くらいしなさいよ!!」
「ご、ごめん。けど、どうしてもお前に聞きたいことがあって・・・」
「何よ!あたしの言いたいことなら全部手紙に書いたわよ!」
「その手紙なんだけど、文字が滲んでいて殆ど読めないからなんて書いてあるのか聞きたくて来たんだ」
炭治郎のこの言葉に、沸騰していた汐の頭が一気に冷める。今、とてつもなく信じられないような言葉が聞こえたような気がしたからだ。
「・・・は?」
汐は固まったまま炭治郎の顔を凝視し、炭治郎は困ったような様子で手紙を見せる。汐は手紙をひったくると、便せんを見て顔が真っ青になった。
それは確かに彼の言う通り、文字が滲んでしまって殆ど手紙の意味をなしていない紙きれだった。