第57章 兆し<壱>
周りの様子をうかがいながら、汐は炭治郎のいる病室へ向かっていた。手には書きあげた手紙を握り締めながら。
まだ完全に決心できたわけではないが、自分の精一杯の気持ちは手紙に全て綴った。後は炭治郎に伝えるだけだ。
期待と不安を手紙と一緒に抱えながら、汐は病室を覗き込んだ。そこから見えたのは、空になっていた炭治郎のベッド。
安心したようながっかりしたような不思議な感覚を感じながら、汐はもう一度あたりを見回した。もしかしたらすぐに戻ってくるかもしれないと思ったからだ。
これじゃあまるで盗みに入ったコソ泥みたいだなあと自嘲的な笑みを浮かべつつ警戒していると
「炭治郎なら当分戻ってこないよ」
三つのベッドのうちの一つから声がして視線を向けると、善逸が起き上がってこっちを見ていた。耳のいい彼の事だろう。汐がここに来た理由も音で察していたのだ。
「かなり朝早くから訓練に行ったみたい。ここの所尋常じゃないくらい落ち込んでいたみたいだけど、訓練だけは毎日欠かさず行っているんだ。相変わらず真面目な奴だよね」
そうって茶化すように笑う善逸だが、眼には確かな罪悪感が宿っていた。おそらく彼自身も、このままではいけないということを感じてはいるのだろう。
「炭治郎と顔を合わせづらいなら、手紙を枕の下にでも置いておけばいいよ。もし気づかなくても俺が読むように促すから。最も、炭治郎なら匂いでわかりそうなものだけどね」
そう言って笑う善逸を見つめながら、汐はゆっくりと口を開いた。
「|童貞(ぜんいつ)・・・ありがとう」
「汐ちゃん。お礼を言われるのはいいけど、俺いつまでその呼ばれ方するの?どんだけ君に恨まれているの俺」
謝礼の言葉を口にしつつもあの時の恨みが抜けきっていない汐に、善逸の笑顔が思い切り引き攣る。そんな彼をしり目に、汐は炭治郎のベッドの枕の下にそっと手紙を置くと、部屋から立ち去った。