第56章 迷走<肆>
「しのぶさん、ごめんなさい」
「・・・え?」
いきなり告げられた謝罪の言葉に、流石のしのぶも面食らう。そんな彼女に、汐はつづけた。
「あたし、柱を、しのぶさんを誤解してたみたい。初めて出会ったとき正直なところ、すごく怖い人だって思ってた。色んな感情がごちゃ混ぜになってて、正直鬼よりも怖いって思ってた。でもそうじゃなかった。本当は誰かのことを気遣えるすごく優しい人だってやっと気づけた。そうでなかったらあたしにここまで時間を割いて付き合ってなんかもらえないもの。本当にありがとう。そして本当にごめんなさい!」
そう言って深々と頭を下げる汐に、しのぶは目を見開いたまま固まった。あの日敵意と殺意だけを宿した眼で自分を睨みつけてきた彼女とは、まるで別人のようだったからだ。
「・・・顔を上げてください。私は、あなたが思っているほど優しくなんかない。私は、姉を鬼に殺されてからずっとその鬼だけではなく全ての鬼を憎み、恨んでいたことに気づいたのです。それをただただ隠していただけに過ぎない」
「そんなことない。だってあなたは禰豆子を受け入れてくれた。炭治郎とあたしの事を受け入れて助けてくれた。それにあたしだって似たようなもん。炭治郎と禰豆子に出会うまで、あたしもおやっさんや村の連中を奪った鬼が許せなくて殺したくてたまらなかったから。そんなあたしをこうして受け入れてくれたもの好きなんだもの。だからそんな風に言わないで」
汐の声がしのぶの耳を通り、心に響いていく。それがワダツミの子の特性なのか、彼女の本当の人柄なのか。いや、きっと両方だろうとしのぶは思った。
だからこそ汐の周りには自然と人が集まっていくのだろうと理解した。
「ありがとう、汐さん。どうかその気持ちを決して忘れないで。誰かを心から思う気持ちは、きっとあなたを大きく成長させると思うから」
しのぶはそう言うと、静かに部屋を出て行った。一人になった汐は、炭治郎に手紙を読ませる方法を考え始めた。
そして、汐の部屋から出たしのぶは、胸に手を当てて目を閉じた。炭治郎に然り汐に然り、最近の若者は勘が鋭くて困る。
けれど、あのような子たちならば、自分の、自分の姉の願いをかなえてくれるのではないか。
そんな微かな望みが、しのぶの胸の中に確かに生まれていたのであった。