第56章 迷走<肆>
「あの、汐さん。今日の朝食ですが・・・おいておきますね」
なほはそう小さく言って朝食の入った膳を汐の部屋の扉の横に置いた。汐が訓練場に姿を現さなくなってからも、三人娘たちは交代で汐に食事を運んでいた。
しかしあれ以来全く手を付けておらず、冷めきった食事を下げる日々が続いたため、なほは悲しい顔でその場を立ち去ろうとしたその時だった。
「ごめん、ちょっといい!?」
「きゃあっ!!」
いきなり開いた扉になほは大声を上げて尻餅をついてしまい、汐は慌てて駆け寄った。
「やだごめん。大丈夫!?」
汐はなほの体を起こし、怪我がないか確認する。それから脅かしてしまったことを丁寧に詫びると、あることを尋ねた。
「なほ。何か書くものって用意できない?」
「え?書くもの、ですか?」
なほがオウム返しに尋ねると、汐は少しばつの悪そうな顔をしていった。
「手紙を書きたいの。その、炭治郎に。顔を見たらまた、あることないこと言っちゃいそうだから・・・」
甘露寺の提案したのは、言葉では言えない気持ちを手紙に書いて伝えるというもの。
「名付けて、『お手紙大作戦』」という身もふたもない作戦名に汐は面食らったが、手紙で自分の気持ちを伝えるのはいい方法だと思いその案をもらったのだ。
汐がそう言うと、なほの顔が一瞬にして明るくなり、「わかりました!!」と力強く言い疾風の如く去って行った。
「なるほど、手紙ですか」
背後から声がして、汐は思わず飛びのく。そこには満面の笑みで汐を見つめるしのぶの姿があった。
「どうやら甘露寺さんとの話はうまくいったようですね」
「え?まさかあの人を呼んだのはしのぶさんだったの?」
汐の問いに、しのぶは黙って首を横に振った。
「いいえ。汐さんを継子にしたいというのは彼女の意思で、私はただ汐さんが悩んでいるから話してあげるように伝えただけですよ」
そう言って笑うしのぶの眼は嘘をついているものではなく、本気で汐のことを気にかけているように見えた。そして心なしか、初めて彼女を見たときのような色んな感情が混ざり合った不気味な眼が、少しだけ和らいでいるように見えた。