第56章 迷走<肆>
その後二人は人目を避けながらこっそり蝶屋敷に戻り、汐は濡れた服を着替えた。
「はい。あったかいお茶よ。しのぶちゃんに淹れてもらったの」
甘露寺は着替えを済ませた汐にそっと湯飲みを差し出した。汐はそれを手に取り口をつけながら、甘露寺に礼を言った。
「それで、いったい何があったの?私でよければ話を聞くわ」
甘露寺の薄緑色の眼が、心配そうに揺れる。あまり面識のない相手に話すことに汐は一瞬ためらったが、おずおずと口を開いた。
何度やってもカナヲに勝てないこと。全集中・常中がうまくいかないこと。些細なことで炭治郎と喧嘩をしてしまったことを、汐はどもりながらも語った。
「本当はあたしが全部悪いこともわかってる。勝手に苛立って炭治郎に八つ当たりしてただけ。自分がどうしようもない奴だってことはわかっていたはずなのに、ここまで酷いなんて思わなくて・・・」
「うん、うん」
「あんなこと本当は言っちゃいけなかった。炭治郎は何にも悪くないのに、酷いことたくさん言っちゃった・・・!一番傷つけたくない人を、傷つけちゃった・・・!炭治郎に嫌われた・・・!」
俯いた汐の膝に雫がおち、黒い染みを次々と作っていく。震えだす背中を甘露寺は優しくさすった。その瞬間、汐は大声を上げて泣き出した。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!!ぜっ゛だい゛に゛ぎら゛わ゛れ゛だあ゛あ゛あ!!!」
泣きじゃくる汐を甘露寺は優しく抱きしめ、泣き止むまで背中をさすり続けた。
やがて汐が落ち着いてきた頃、甘露寺はなんとか汐が炭治郎と仲直りができないか考えた。継子の事をなしにしても、このままでは絶対にいけないと思ったからだ。
「それで、汐ちゃんは炭治郎君に謝りたい。それは間違いないわね」
「うん。でも、顔を見たらまた言うつもりのないことを言っちゃいそうで、正直怖くて」
震える声でそう告げると、甘露寺はパッと表情を明るくさせていった。
「だったら顔を合わせないで気持ちを伝えてみましょう」
「え!?そんな方法があるの!?」
「あるわ!面と向かって言えない気持ち、それを伝える方法はね――」