第54章 迷走<弐>
「あれ?」
屋敷に戻った汐は、炭治郎が三人娘たちと何かを話しているのが見えた。何をしているのか声をかけようとしたとき、炭治郎が先に汐に気づいた。
「あ、汐。お前どこに行ってたんだ?姿が見えないから心配したぞ?それに、違う人の匂いがするけど誰かいたのか?」
「え、ああ、うん。なんでもない。ちょっとね。それより何を話していたの?」
汐がごまかしたことに炭治郎は少し違和感を覚えたが、それより先に口を開いたのはきよだった。
「あ、あの。今炭治郎さんにもお話していたんですけれど、汐さんは全集中の呼吸を四六時中やっていますか?」
「全集中を、四六時中?」
「はい。朝も昼も夜も、寝ている間もずっと全集中の呼吸をしていますか?」
「・・・やってないしやったことない。それなんて拷問?」
全集中の呼吸は少し使うだけでもかなりきつい。それは二人もいやというほどわかっている。それを四六時中続けるなんて考えもしなかった。
「そんなことできるの?」
「はい。それを全集中・常中というのですが、それができるのとできないとでは、天地ほどの差が出るそうです」
全集中・常中という言葉に汐は聞き覚えがあった。それは先ほど、首輪についていた紙に書かれていた言葉と同じだった。
「それができる方はすでにいらっしゃいます。柱の皆さんやカナヲさんです。お二人とも頑張ってください!」
三人はそういうと、頭を下げて走り去っていった。
炭治郎と別れて部屋に戻るまで、汐は先ほど教えてもらったことを繰り返し呟いた。
「全集中の呼吸を四六時中・・・そんなことができるなんて・・・」
――やっぱ柱って変態だわ・・・
「誰が変態なんですか?」
突如背後から声が聞こえ、汐は悲鳴を上げて飛び上がる。そこにはニコニコと笑みを浮かべるしのぶの姿があった。
「あ、し、しのぶさん・・・」
「汐さん。誰が聞いているかわかりませんから、人を貶すような言葉を軽々しく口にしてはいけません。思ったことをすぐ口に出すなとは言いませんが、少しは考えてものを言いましょうね」
それだけを言うと、しのぶはその場を去っていった。
その得体のしれない雰囲気に、汐は恐怖を感じ、しのぶの前で滅多なことを言うのはやめようと心に誓うのであった。