第53章 迷走<壱>
カナヲには勝てない。
誰も彼女の湯飲みを押さえることは出来ないし、捕まえることが出来ない。
何度やっても結果は同じで、全員は薬湯の悪臭を漂わせながらその日の訓練は終了した。
「紋逸が来ても、結局俺たちはずぶ濡れで一日を終えたな」
「改名しようかな、もう紋逸にさ・・・」
「同じ時に隊員になったはずなのに、この差はどういうことなんだろう?」
覇気のない声で、炭治郎は善逸に尋ねるが、彼は「俺に聞いて何か答えが出ると思っているなら、お前は愚かだぜ」とだけ答えた。
「そうね。童貞(ぜんいつ)に聞くだけ無駄よ。あたしだってわからないもの。だけど、あの子の目・・・なんだか気になるのよね」
「目?あー・・・確かにそうかもしれない」
「っていうか汐ちゃん。今ものすごく酷い呼び方してなかった?俺の事すごく不名誉な呼び方しなかった?」
「さあ?とりあえず薬臭くてたまらないから、あたしは一足先に着替えてくるわね」
そう言って汐は三人と別れて自室へと戻る。だが、彼女からは薬湯の匂いに交じって悔しさと屈辱の匂いがしていたことを炭治郎は見逃さなかった。