第53章 迷走<壱>
だが、善逸の女性に対する執着は、汐の想像をはるかに超えていた。
あれほどまで罵ったのにもかかわらず、戻って来た善逸は満面の笑みで思わず怖気を感じる程だった。
しかも、皆が涙を流すほどの激痛を伴う三人娘の按摩をゆるみ切った笑顔で受けていた。本当に心の底から幸せそうな顔をしていた。
そんな彼を見て伊之助は(あいつやりやがるぜ)と心の中でつぶやいた。
一方、善逸の調教が失敗に終わった汐は、もう呆れを通り越し埴輪のような表情で善逸を見つめていた。
「あれはもうだめだわ。上級者だもの」
「上級者?なんの?」
「変態」
「ああ・・・」
汐の言葉に納得した炭治郎は、顔をゆがませながら善逸を見つめていた。
善逸の邪なやる気はとどまることを知らなかった。次の反射訓練では、アオイと対峙したものの、すぐさま湯飲みをとりアオイの顔の前に突き付けた。
ご丁寧に片方の手はアオイの手を握り、「俺は女の子にお茶をぶっかけたりしないぜ」と思い切り気障ったらしく言って見せた。
が、先ほどの善逸の女性を敵に回す発言を皆聞いており、アオイは顔を思い切り引き攣らせ三人娘も眉をひそめながら彼を見つめていた。
さらに、その後の全身訓練でも調子に乗ってアオイに抱き着いた善逸は、顔を数発殴られて青あざを作っていた。
(あたし、こんな馬鹿よりも劣ってたのね・・・)
しかしその善逸の痴態をみて、汐の中の何かが燃える。こんな馬鹿以下に思われたくない。負けたくなんかない。
そう思ったせいかは定かではないが、汐は反射訓練では海の生活の勘を取り戻したせいもあり、5戦のうち4勝を勝ち取り、全身訓練でも善逸程ではないがアオイの動きを完ぺきに読みなんと全部の勝負で勝ち星をとることができた。
二人の奮闘を見た伊之助はやる気を出し、アオイに容赦なく薬湯をかけ、鬼ごっこでは彼女を逆さまに持ち上げて怒鳴られるほどだった。
炭治郎だけは負け続けていたものの、一生懸命な汐を見て己を鼓舞し何とか食らいついていた。
だが、
三人が順調だったのはここまでだった。