第53章 迷走<壱>
一方。善逸は未だに汚い高音をまき散らしながら、意味不明なことを捲し立てていた。
だが、あまりにも興奮していたせいか、背後から忍び寄る黒い影に気が付くことができなかった。
「いいかこのクソ野郎共!!女の子っていうのは・・・へぐっ!!」
再び捲し立てようとした善逸の動きが突如止まる。真っ赤だった顔が、頸から上へみるみる青く染まっていく。
前にいる炭治郎と伊之助は、その光景に瞬時に青ざめて固まり、善逸も状況を確認しようと剥いたままの目を下へ動かした。
そこで見たものは、自分の大事な部分に綺麗に食い込む汐の爪先だった。
「ほお~~う?」
汐は青ざめて震える善逸の背後から、にっこりと笑いながらさらに足に力を込めた。
「ってことはなあに?あたしたちが死ぬような思いでやっていたことが、あんたには天国にみえたんだぁ~?随分と目出度ぇ頭だなあ、この下半身直結男がアア!!!」
汐はその勢いのまま善逸の下半身を思い切り蹴り上げる。奇妙な悲鳴を上げて善逸の体は飛び上がり、そのまま地面に倒れ伏した。
彼の顔は真っ青になり、蹴られた場所を抑えてびくびくと痙攣している。
だが、そんな彼を汐は胸ぐらをつかんで無理やり立たせると、凄まじい速度で前後に揺さぶった。
「ふざけてんじゃねーぞカス!あたしたちのいる前でよくそんなふざけたことがほざけるなてめーは!!大体乳も尻も太ももも男にだってついてるだろうし、そもそも尻は一つだ馬鹿野郎!!そんなくだらねーこと考えている余裕があるなら、無駄な時間を費やしたあたしたちに謝れ!!わかったかこの童貞拗らせクソ下衆野郎がアア!!」
汐はそのまま善逸を投げ飛ばすと、腐った生ごみを見るような眼で善逸を見下ろした。それから震えて縮こまっている二人を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らして訓練場に戻っていった。
炭治郎と伊之助は、倒れ伏したままの善逸をどうしようか迷ったが、その後彼が何事もなく立ち上がったのでそのまま微妙な空気のままで訓練場へと戻った。