第52章 ワダツミの子<肆>
「こんにちは」
村田の背後で不意に声がした。そこにいたのは、張り付けたような笑みを浮かべた胡蝶しのぶ。
その声を聞いて村田は驚くべき速さで立ち上がった。
「柱!胡蝶様!!」
「こんにちは」
「あ、どうも!!さよなら!!」
村田は頭を下げると、そそくさと去っていった。
しのぶは少し困ったように眉根を下げたが、その視線を汐達の方へ向けた。
「どうですか?身体の方は」
「かなり良くなってきてます」
「あたしも、痛みはだいぶ引いたわ。骨折なんて生まれて初めてやったけど、こんなにしんどいのね。次回からは気を付けるわ」
そう言って項垂れる汐に、炭治郎は目を剥いて見つめた。いつもなら高圧的な態度をとる彼女が素直に謝っている。
そのことはしのぶも少し驚いたようで、小さく息をのむ音が聞こえた。
「そうですか。では、炭治郎君と伊之助君は、そろそろ“機能回復訓練”に入りましょうか?」
「機能回復訓練?」
「はい!!」
そう言って笑みを浮かべるしのぶに、汐は何かうすら寒いものを感じるのだった。
「あ。そうだ。私は汐さんに用があるんでした。手の骨折の具合を見たいので、こちらに来ていただけませんか?」
しのぶに促され、汐は炭治郎達のいる病室を後にする。そして診察室に入ると、しのぶは汐のギプスを外し動かしてみるように言った。
「どうですか?痛みますか?」
「ううん、大丈夫みたい。少し強張ったような違和感はあるけれど、痛みはもうないわ」
手を何度も握っては開きを繰り返しながら、汐は嬉しそうにそう言った。が、何故かしのぶは表情を少し曇らせながら口を開いた。