第52章 ワダツミの子<肆>
「それより、どうして汐さんがここにいるんですか?あなたは病室が別でしょう?」
「だって一人じゃつまんないし、善逸がうるさくておちおち寝てもいられないんだもの。それより、このギプスって奴はいつになったらとれるの?」
汐は固定された左手をアオイに見せながら眉をひそめた。
「重いし蒸れて痒いし、利き手だからものすごく不便なんだけど」
「しのぶ様がいいとおっしゃるまでです。少しくらい我慢してください」
善逸にイラついているのか、アオイは少し棘のある声色で言った。汐は反論しようと口を開いたが、炭治郎がそれを遮った。
「アオイさんの言う通りだぞ汐。骨折っていうのはそれほど大変な怪我なんだ。汐の気持ちもわかるが、わがままを言って困らせてはだめだぞ」
「・・・わかったわよ」
汐は不貞腐れたように鼻を鳴らすと、炭治郎と伊之助のベッドの間にある椅子に座った。
「炭治郎、禰豆子の様子はどう?」
汐は炭治郎のそばに置いてある箱を見て言った。不死川に穴をあけられた箱は、アオイの手によって綺麗に修理され元の姿に戻っていた。
「今日はまだ寝てるよ。夜になったら時々起きるけど、基本的には眠ってる。よっぽど傷が深かったんだな」
「そうね。あの白髪オコゼ男!今度会ったら再起不能にしてやる!!下半身を!!」
拳を作りながら青筋を浮かべる汐に、炭治郎は苦笑いを浮かべた。
汐からはいつもの通り潮の香りがする。が、あの時に感じた若い果実のような甘い匂いはしなかった。
あの匂いは何だったんだろう。と、炭治郎が考える間もなく声がした。
「元気そうだな、お前等」
汐と炭治郎が顔を向けると、そこには一人の一般隊士が立っていた。
炭治郎はその隊士に見覚えがあった。黒い艶のある髪を揺らしながら笑顔を見せるその男は。
「・・・誰だっけ?」
汐の言葉に、隊士と炭治郎が思わずずっこける。
「村田だよ!村田!!那田蜘蛛山でお前と一緒に戦っただろ!?」
忘れられていたことに村田は憤慨し、汐に詰め寄った。汐は視線をしばらく上に向けた後、思い出したように手を打った。