第7章 慈しみと殺意の間<壱>
夜の帳もすっかり降りた頃、月明かりの照らす道を何かが凄まじい速度で通り過ぎていく。
何か、というのは、その風貌がとても人間のモノとは思えなかったからだ。
鬼。この世に潜む、人を喰う異形のモノ。日の光を浴びると塵となってしまうため、行動は夜間か悪天候時に限られる。
その鬼は、酷く焦った様子で何処かへと向かっていた。4つある眼はいずれも血走り、口から覗いた舌からは唾液は一滴も零れ落ちていない。
「くそっ、あのガキどこへ行きやがった・・・!」
体中から汗を噴出させながら、鬼はあたりを何度も見回す。月明かりが照らす夜道には、人はおろか獣の気配すらもない。
それでも鬼は【誰か】を捜していた。もたもたしていては間に合わない。一刻も早く見つけなければとさらに焦る。
「くそっ・・・。久しぶりの人肉かと思ったのに、なんで、なんで俺がこんな目に・・・・!」
鬼が絞り出すような声でつぶやいたその時、不意に背後で草を踏む音が聞こえた。
鬼がそちらに視線を移す。鋭い爪を前に出し牙をむく。
だが、次に声が聞こえたのはその背後。
――全集中・海の呼吸――
――壱ノ型 潮飛沫(しおしぶき)!!
鬼が振り返ったその時には、既にその頸は遥か上空へと舞っていた。その顔には驚愕が張り付き、そしてその視線の先には自分の頸を斬った者。
鬼である自分をも戦慄させる殺意をまとった、一人の青髪の少女、大海原汐がそこにいた。