第49章 ワダツミの子<壱>
「畏れ多いことですが、そのご提案は承認いたしかねます」
それは先ほどまで汐を抑えていた伊黒の声だった。全員の視線が彼に集中するが、それに意も解せず伊黒はつづけた。
「我々は先ほど、この娘の得体のしれない力を目撃致しました。不死川の自由を奪い、あまつさえ奴自身で命を絶たせようとした。もはや人間にできる芸当とは思えませんでした」
その言葉を聞き、全員の脳裏にあの光景がよみがえる。
宇随と伊黒の手でその惨劇は回避できたものの、あのようなことが彼に起こらないとは限らない。
皆苦々しい表情で耀哉を見上げると、彼は「そうか」と少し考える動作を見せた。
「けれど、私はその光景を見たわけではないから何とも言えないね。それに、私は【今の】汐の歌をただ聴きたいだけなんだけれど、それもいけないことなのかな?」
「えっ!?」
耀哉の思いがけなさすぎる言葉に、流石の伊黒も思わず声を上げた。
こうまで言われてしまったら、もはや彼に反論の言葉は残っていなかった。
「差し出がましい真似をして申し訳ございません」
そう言って伊黒は頭をたれて下がった。
「話がそれてしまったね。それで、私の願いを聞いてくれるかな?汐」
耀哉の言葉に、汐は激しく狼狽えた。今まで炭治郎達に歌を披露してきた時とはわけが違う。鬼殺隊当主、および最高幹部たちの前で自分の拙い歌を披露していいものか。
それに先ほど伊黒の言っていたように、もしも自分の歌で何か起こってしまったら、炭治郎や禰豆子にまで危害が及ぶかもしれない。
そんなことを考えていると、屋敷の中から不死川の怒鳴り声が飛んだ。
「お館様直々の勅命を無下にする気か!?つべこべ言わずにさっさとしやがれ!!」
「は、はい!!」
汐は思わず肩を大きく震わせ返事をしてしまう。その声を聞いて、耀哉の表情が期待を込めたものに変わった。