第49章 ワダツミの子<壱>
「ワダツミの・・・子」
汐はその名前に聞き覚えがあった。今はなき故郷の村で何度も聞いたおとぎ話に出てくる、ワダツミヒメを沈める歌を歌う者。
そしてそれを元に祭りで歌を披露する者をそう呼んでいた。
だが、汐がその役に選ばれることはなく、彼女の親友の絹が選ばれた。
その祭りも鬼の襲撃により敵わぬものとなってしまいその名を聞くことは永遠にないと思われていた。
それが今。鬼殺隊当主産屋敷耀哉の口から出たことに驚きを隠せない。
「それって、あたしが昔住んでいた村に伝わるおとぎ話の・・・あたしが?」
混乱する汐に、耀哉は少し困ったように眉根を下げた。
「その様子だと君は知らなかったみたいだね。簡単に言ってしまうと、人や鬼に影響を与える声を持つ青い髪の女性のこと。ウタヒメ、青の魔女とも呼ばれることもあるみたいだけれど、一番多く呼ばれているのがワダツミの子なんだ。でも、その力はあまり知られていないみたいでね。私も、義勇から君のことを聞くまで思い出せなかったんだ」
けれど、と彼はつづけた。
「もしも君が本当にワダツミの子なら、君はいくつか【歌】を思い出せているはずだ。その歌をぜひ、私に聴かせてくれないかな?」
耀哉の言葉に再びあたりが沈黙に包まれる。それを破ったのは、汐の耳をつんざくような大声。
「ええぇーーーッ!!」
身体をのけ反らせて驚く汐を、一部の柱達が睨みつける。汐は慌てて口を塞ぐと、困惑したように耀哉を見つめた。
「あたしの歌を、お館様に!?え、でも。あたしの歌下手糞だし、お館様みたいなすごい人に聴かせるようなものじゃないし・・・」
汐の口からいつもなら絶対にありえない後ろ向きな言葉が出てくるほど、彼の存在は大きく偉大だということが分かる。
だが、その空気を壊すように静かな声が響いた。