第45章 柱合裁判<壱>
「さあ冨岡さん。どいてくださいね」
しのぶはそう言って刀を彼らに向ける。刀身が針のように細く尖っているその日輪刀は、どう見ても斬ることには適していない形状をしていた。
しかし彼女の最大の武器は、その刀身からにじみ出る【鬼を殺す毒】であり、頸を斬らずとも鬼を滅することができるのだ。
微かな毒の匂いを炭治郎は感じ、かすかに震える。一方汐も、しのぶの眼から感じられる奇妙な感覚に身を震わせた。
(何なのこの人。人間なのは確かだけれど、これだけ色んな感情がごちゃ混ぜになった眼なんて見たことない。こんな人本当に要るの?)
しばらく居心地の悪い沈黙が続いた後、義勇が徐に口を開いた。
「俺は嫌われてない」
その言葉を聞いた瞬間、場が一瞬で凍り付く。炭治郎は何とも言えない顔をし、しのぶも思わず顔を引きつらせる。
(ええええええ!!?気にするとこそこォォォォォ!?)
場の空気を全く読めない素っ頓狂な発言に、汐は思わず胸の中で突っ込んだ。元々感情が読めなさそうな眼をする男だとは思ったが、まさか空気まで読めないとは思わなかったのだ。
「ああそれ、すみません。嫌われている自覚がなかったんですね。余計なことを言ってしまって申し訳ないです」
再び場の空気が凍り付き、今度は義勇の顔が引きつった。炭治郎は思わず彼を見上げ、汐は(やめたげてェ!流石にかわいそうだからやめたげてェェェ!!)と再び胸の中で全力で突っ込んだ。
「坊や」
そんな彼に構うことなく、しのぶは倒れ伏している炭治郎に優しく声をかける。そんな彼女に炭治郎は思わず返事をした。
「坊やが庇っているのは鬼ですよ。危ないですから離れてください」
しのぶの言葉からするに、鬼というのは禰豆子の事だろう。そして彼女が炭治郎の実妹だということに気づいてはいない様だ。
「ち、違います!いや、違わないけど・・・、あの、妹なんです!俺の妹で、それで」
炭治郎は何とか禰豆子の事情を説明しようと、痛みをこらえながら言葉を紡ぐ。
「まあ、そうなのですか。可哀そうに・・・では――」
一方しのぶは事情を察したらしく気の毒そうに口元に手を当てた。
しかし汐は気づいていた。彼女の眼から微かだが確実に殺意が漏れていることに。
「苦しまないよう、優しい毒で殺してあげましょうね」