第5章 嵐の前の静けさ<肆>
あのようなことがあったにもかかわらず、海はいつものように優しい潮騒の音を奏でている。
村はなくなり、多くの人命が失われたこの場所を、鎮めるように奏でている。
そんな村のあった場所を、静かに眺める人影があった。
海の底を髣髴させるような深い青色の髪を風になびかせ、それに寄り添うように赤い鉢巻が靡いている。
名は大海原汐(わだのはら うしお)。近くの漁村に、養父と共に暮らしていた少女だ。
だが今は、故郷も養父も亡くした、身寄りのない少女だ。
しかし彼女の眼には確かな決意が宿っていた。おやっさんや村人の敵を討つため。無力だった自分に別れを告げるため。彼女はこの地を離れる。
「おやっさん、絹、庄吉おじさん、みんな・・・」
辛い思いをさせてごめんね。必ず、みんなの無念は晴らすから・・・
「行ってきます」
小さく紡がれた言葉は、波の音にかき消されて消えていく。しかし、汐の立っていた場所に残った足跡が、その旅立ちを静かに物語っていた。