第40章 蜘蛛の棲む山<肆>
「オ゛レの家族に゛ィィィ、近づくな゛ァァァァ!!」
濁り切ったしかし明らかに殺意のこもった声で、鬼は汐に狙いを定めて再び拳を振り上げる。するとその背後から伊之助が隙をついて斬りかかった。
しかし、鬼はその太い腕で伊之助をいとも簡単に吹き飛ばした。
「伊之助ェ!」
汐が悲痛な叫び声をあげる。伊之助は水の中から慌てて顔を出し、あまりの痛さに頭を横に振った。
決して軽くはない伊之助の体が、ああも簡単に吹き飛ばされた。それだけ鬼の力が強いということだろう。
鬼は伊之助を追って川の中をかけていく。汐はその隙に水の中から上がり二人を追った。
水にぬれたせいで鉢巻きの強度は増している。うまくいけば鬼の動きを止められるかもしれない。
汐はそう考えた後、向こう岸でで走る炭治郎と目を合わせ頷きあう。そして炭治郎は川べりに立っていた大木に向かって技を放った。
――水の呼吸――
――弐ノ型・改 横水車!!
炭治郎が放った斬撃が大木を真っ二つに斬り、支えを失った木は伊之助を追いかける鬼に向かって轟音を立てて倒れこんだ。
水しぶきが霧の様に舞い、あたりを包み込んだ。
(今だ!)
汐は素早く近づき、鉢巻きを外すともがく鬼を縛り上げた。これならば炭治郎が幾分か頸を斬りやすくなるだろう。
そんな二人を見て、伊之助は感服と悔しさが入り混じった不思議な感情を抱いていた。
(汐が鬼を抑えている今なら頸を斬れるはず!最後にして最強の型)
「汐!俺が合図をしたらすぐに離れるんだ!」
炭治郎はそういうと、刀を構えなおして大きく息を吸った。
――水の呼吸――
――拾ノ型!!
だが、炭治郎が技を放つ前に鬼が汐の拘束を無理やり引きはがし、丸太を持ち上げたのだ。
汐と炭治郎はとっさに刀の柄でその丸太を受け止めたが、二人の体は勢いを殺しきれず後方へ吹き飛ばされた。
「健太郎ーっ!牛女ーっ!!」
伊之助が叫ぶと、炭治郎はそれにこたえるように声を張り上げた。
「伊之助!俺たちが戻るまで死ぬな!!そいつは十二鬼月だ!死ぬな!!絶対に死ぬな!!」
炭治郎の声がどんどん遠ざかっていき、やがて汐と炭治郎の姿は夜の闇に飲まれて消えてしまった。