第5章 嵐の前の静けさ<肆>
汐の姿を見て青年、冨岡義勇は目を見開いた。鋭く前を見据えるその瞳には、恐れも迷いもない覚悟が見て取れた。
つい先ほどまで泣き叫んでいた者とはまるで別人の風貌に、義勇は思わず動きを止める。
鬼はそんな汐に狙いを定め、その強靭な腕を振り上げた。
かなり昔に退いたとはいえ、大海原玄海は元・柱。しかも鬼になったことで身体能力は大幅に上がり、そして弱点である頸も巧みに守っている。
先ほどの義勇の攻撃でかなり消耗しているとはいえ、そんな相手に現・柱である義勇が苦戦した相手に、ただの村人である汐がかなうはずがない。
それは火を見るよりも明らかだった。
だが、それは汐が普通の人間だったらの話だ。汐はその攻撃を紙一重でかわし、切りかかる。
驚いたのは、その動きがまるで初めて刀を持った者のそれではないことだ。受け止められるものは刀で受け流し、それが不可能の場合は体をひねってかわしている。
そして、その刃は確実に弱点である頸を狙っている。
あたりに刀と爪がぶつかる音と、砂を蹴る音。そして、息遣いが響く。
だが、所詮は素人と鬼。どちらが優勢に立つのは目に見えていた。
ほぼ無傷な鬼と、負傷している汐。彼女の顔は青ざめ、息も乱れている。これ以上の戦闘続行は危険だ。
義勇はそう判断し、刀を構えようとしたが。
「手を出すな!これはあたしと、おやっさんの問題だ!」汐の鋭い声に、義勇はその手を止める。なぜかはわからないが、汐の声には力があった。
ただ大きいだけではない。その声には、とてつもない何かが宿っているようだった。
やがて汐は鬼から距離を取り、刀を構える。そして、大きく息を吸った。
口から洩れるのは、地鳴りのような大きな音。その音を聞いて、義勇は目を見開いた。
「まさか、これは・・・!」
――全集中・海の呼吸――
鬼はそれを阻止しようと、咆哮を上げて汐に向かう。だが、それよりも早く、汐は足を曲げ前を見据えた。
――壱ノ型・潮飛沫(しおしぶき)!!
その瞬間、汐は砂を強く蹴り瞬時に鬼の間合いに入る。それから目にもとまらぬ速さで、鬼の頸を切り裂いた。