第4章 嵐の前の静けさ<参>
「やめて・・・やめてよ・・・おやっさんを殺さないで・・・。おやっさんも、やめてよ。お願いだから・・・」
汐の小さな悲鳴が、風に乗って消えていく。どうしてこうなってしまったんだろう。何が間違っていたんだろう。
(あたしがひどいことを言ったから?あたしが、おやっさんを信じることができなかったから?)
――あたしが、弱かったから・・・?
その時、ひときわ大きい音が響いて顔を上げると、先ほどの青年が吹き飛ばされてたたきつけられているのが見えた。
「やめて!やめておやっさん!もうこれ以上、誰かを傷つけないで!おやっさんいってたじゃない!この世で最もしちゃいけないことは、徒に人を傷つけることだって・・・それを、あんたが自らそむいてどうするんだ!!」
青年は小さく呻いたもののすぐに体制を立て直す。だが、それよりも相手が速く動き再び彼は砂煙の中に消えた。
その衝撃のせいか、汐の足元に何かが転がる。それは、先ほど玄海が使っていた刀だった。
濃い青い色の刀身に、『悪鬼滅殺』と書かれた刀。それを見た瞬間、汐の体が震えた。
――それを取れば、もうお前は戻れない。
誰かの声が頭に響く。自分のようで自分ではない、淡々とした声だ。
――だが、このままではお前も、あの男も、無様に死ぬだけだ。あいつを『救い』たければ、その刀を取るといい。
救う。その言葉が何を意味するのか、汐はその瞬間理解した。そしてそれに呼応するように体がすっと冷えていく。
頭の中の余計なものがすべて消えて行った。涙も止まった。そして、汐は目の前の光景を見据えた。
(あたしが、やらなきゃいけない。もうこれ以上、あの人を苦しめるわけにはいかない!)
汐は刀を握りしめてゆっくりと近づいた。すると、砂煙の中から青年が飛び出し、汐に気が付いて叫んだ。
「何をしている、下がれ!此奴は鬼になったとは言え『元・柱』だ!お前がかなう相手ではない!!」
だが、汐はその問いには答えず、淡々と言葉を紡いだ。
「ここはあたしがやる。どいて」
「何を言っている?お前がかなう相手では」
「いいから退け!!」
青年の言葉を遮り、汐の怒声が響く。その目を見た青年は、思わず息をのみ目を見開いた。
そして砂煙の中から現れた相手に、汐は刀を構える。
「行くよ、おやっさん。今、楽にしてあげる・・・!」
そして汐は勢いよく砂を蹴り、鬼に切りかかった。