第37章 蜘蛛の棲む山<壱>
山の中はとても暗く、山に慣れていない人間は瞬時に迷ってしまうほどうっそうとしていた。
山育ちである炭治郎や伊之助はともかく、二人ほど山に慣れていない汐は必死で二人の背中に食らいつく。
そんな汐の手を、炭治郎がそっととった。びくりと体を震わせると、優しい彼の眼とぶつかる。汐の頬に急激に熱が集まった。
「大丈夫か?俺たちから絶対に離れるなよ」
「だ、大丈夫よ!あたしだって鬼殺隊員の端くれ。これくらいなんでもないわ!馬鹿にしないで」
気恥ずかしさをごまかすように、汐はつっけんどん言うと手を振り払う。炭治郎は眼を見開いたが、少し安心したように目を細めた。
「ん?」
すると先頭を歩いていた伊之助が急に止まって自分の両手を見た。手には透明な糸がいくつも絡みついている。
「うげっ、蜘蛛の糸?気持ち悪い~」
汐が眉を八の字に曲げて思い切り顔をしかめる。あたりを見回すと、あちこちに蜘蛛の糸が絡みつき、かすかな月明かりで不気味に光っていた。
「蜘蛛の巣だらけじゃねえか!邪魔くせえ!」
伊之助は手についた蜘蛛の巣を乱暴に振り払い悪態をついた。そんな彼の背中に、炭治郎は声をかける。
突然声をかけられた伊之助は、警戒心を剥き出しにして炭治郎を見る。しかし、そんな伊之助の感情とは裏腹に、炭治郎は優し気な声色で言った。
「ありがとう。伊之助が一緒に来ると言ってくれて心強かった」
伊之助は面くらったように炭治郎の顔を見つめた。炭治郎はつづける。
「山の中から来た、捩れたような禍々しい匂いに俺は少し体が竦んだんだ、ありがとう」
「ああ、やっぱり?実はあたしもなのよ。鬼の気配がごちゃごちゃに混ざっててすごく気持ち悪くて、寒気がしたのよ。あんたが先陣を切ってくれたおかげで、あたしも前に進むことができたわ。あたしからも、ありがとうって言わせて」
二人はにっこりと笑って伊之助に謝罪の言葉を告げる。伊之助はそんな二人を呆然と見ていたが、心の奥から湧き上がってくるほわほわとした温かいものを感じていた。