第37章 蜘蛛の棲む山<壱>
日が沈み、夜の帳が降りてきた頃。
頃合いを見計らって禰豆子が箱の中から顔を出すと、彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。禰豆子が振り返るとそこには、
「禰豆子ちゃ~ん」
ニタニタとした笑みを浮かべた善逸がゆらゆらと身体を揺らしながら、気色の悪い動きで禰豆子に迫ってきた。
そんな善逸から禰豆子は逃げ、そんな禰豆子を善逸が追いかける。明らかに嫌がっている禰豆子に構わず、善逸が近寄ろうとしたとき。
不意に善逸の視界がぐるりと動き、気が付けば天井と笑顔で青筋を浮かべて見下ろす汐の顔が見えた。
「何してんだ、てめーは」
満面の笑みの彼女の口から洩れる言葉は、地の底から響いてくるように低い声だった。そのわきでは禰豆子を庇うように炭治郎が立っている。
だが、善逸はすぐさま起き上がると汐の両肩に手を置いて言った。
「ごめん、汐ちゃん。君は強くて勇敢でたくましい女の子だということは知っている。けれど、やっぱり女の子は可愛くて可憐で守ってあげたくなるようなほうがいいと思うんだ」
「オイ待てこら。それってどさくさに紛れてあたしが女じゃないって言ってるようなもんだろうが」
このままでは再び汐が爆発してしまうと危惧した炭治郎が、二人を引き離しにかかる。そんな中、伊之助が奇声を上げながら乱入し、炭治郎と汐に頭突きをかましてきた。
そんな伊之助を汐が蹴り飛ばし、それを炭治郎がとめ、そんな炭治郎を頭がお花畑な善逸が追いかける。
そんな奇妙な追いかけっこをする四人を、禰豆子は不思議なものを見るような眼でじっと見つめていた。
そんな中、汐の下に新しい隊服が届いた。浅草での戦いで敗れてしまっていたため、修繕を頼んでいたものだった。
本来なら雑魚鬼の爪や牙では引き裂くことができないものだが、相手が血鬼術を使っていたことと、何よりも汐の隊服に不具合が見つかり強度が下がっていたという事実が重なりこのようなことになっていたということだった。
この事に流石の汐も怒るよりも呆れが勝り、その日は早々に眠ってしまうのであった。