第36章 幕間その参
「だったら大丈夫だ。その気持ちを絶対に忘れちゃいけない。でも、また信じられなくなっても俺は何度でもいうよ。俺は汐を信じているし、家族同然だと思っている。何があってもそれだけは絶対に否定しない」
そう言い切った炭治郎の眼は、これ以上ない程澄み切りどんな美しいものよりも美しかった。それを見た汐は、初めて彼と出会った時のことを思い出す。
自分が一番好きな、夕暮れの海に似ている色をした眼。綺麗などという言葉じゃ言い表せない程の眼。
この眼を守りたいと、強く願ったことを、汐は思い出した。
――ああ、本当に敵わないなあ。この人はいつもいつも、あたしが欲しい言葉ばかりくれる。いつだってあたしを【人】のままでいさせてくれる。
この人を守りたい。この人の笑顔を守りたい。この人の幸せを願いたい。
汐の胸の奥から次々に熱い思いがあふれ出してくる。思わず涙となってあふれ出そうになるのを、彼女はぐっとこらえた。
「汐?」
急に黙ってしまった彼女が心配になり、炭治郎がおずおずと声をかけると汐は少しおかしそうに笑った。
「なんだかあの時のことを思い出しちゃって。ほら、覚えてる?あたしが禰豆子の事で少し参っちゃったときの夜。あの時もあたし、炭治郎にみっともない姿を見せちゃってたなって思って」
汐の言葉に炭治郎も思い出したように目を見開く。あの時もこうして二人で夜空を見上げ、互いの気持ちをぶつけあったのだ。
(でももうあの時とは違う。あの時と違って、今のあたしには守りたいものがある)
汐は決意を確かめるようにぎゅっと浴衣のたもとを握った。この思いを決して忘れることのないように。
「炭治郎」
汐はすっと立ち上がると、顔を上げる炭治郎の顔をしっかり見据えた。そして、心からの思いを言葉に込める。
「ありがとう」