第36章 幕間その参
男と女の間には血の雨
それは、ある日の夜。
炭治郎が入浴を終えて部屋に戻ると、何故か伊之助がそわそわとしている。襖の隙間から頻りに外を警戒しているようだ。
「何してるんだ伊之助?」
炭治郎が声をかけると、伊之助はびくりと大きく肩を震わせ「大声を出すんじゃねえよ!」と小さく鋭い声で言った。
「あいつに気づかれたらどうすんだ?」
「あいつ?あいつって誰だ?」
「あいつはあいつだろ!あの、えと、そうだ!わたあめ牛!!」
伊之助の口から出てきた奇妙な言葉に、炭治郎は首を傾げた。そんな名前は彼の知人には存在しないからだ。
そういえば、と炭治郎は思考を巡らせた。ここへ来るまで、伊之助は何度も自分の名前を間違えている。だとしたら、名前を間違えているのかもしれない。
(わたあめ、わた、あめ、わた・・・わだ・・・)
炭治郎が頭の中で言葉を繰り返していると、ある人物の名が浮かんだ。確かに音としては近いが、この町が割れ方はあんまりである。
「お前、ひょっとして汐のことを言っているのか?」
その人物の名前を出すと、伊之助が再びびくりとする。そんな彼からは、確かに警戒している匂いまでした。
「心配ないぞ。汐なら今、禰豆子を風呂に入れてもらっているからしばらくは来ないから」
そういうと、伊之助は安心したように息を吐いたが、慌てた様子で頸を横に振る。そして
「なんで俺があんな雌におびえなくちゃならねえんだ!!」と、大声でまくし立てた。
彼がこのようになってしまったのは、ここへ来たばかりの頃へさかのぼる。